金沢地方裁判所 昭和40年(ワ)249号 判決 1968年3月27日
原告
山田杉夫
被告
新藤定之
ほか一名
主文
原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。
原告(反訴被告)は反訴原告(被告新藤定之)に対し金八四、一五〇円及びこれに対する昭和四〇年九月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
反訴原告(被告新藤定之)のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は本訴、反訴を通じ原告(反訴被告)の負担とする。
事実
一、当事者の求める裁判
原告(反訴被告、以下単に原告という)訴訟代理人は、本訴につき被告両名は連帯して原告に対し金二三四、六六一円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、反訴につき、反訴原告の請求を棄却する、訴訟費用は反訴原告の負担とする旨の判決を求め、被告新藤(反訴原告、以下単に被告新藤という)、同喜多訴訟代理人は、本訴につき原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、反訴につき原告は被告新藤に対し金九二、三五〇円及びこれに対する反訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、反訴に関する訴訟費用は原告の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二、原告の本訴請求原因並びに反訴の答弁
(一) 原告は昭和四〇年五月二八日午前六時ごろ軽三輪車(三石い三八四一号)を運転し宇ノ気町狩鹿野部落内農道から県道に出ようとして速度を漸減し、右折の方向指示器を点滅しながら一旦停車して左右の安全を確認して県道を右折しようと発車した際、右県道河北郡宇ノ気町字狩鹿野ニノ二八番地を津幡方面から宇ノ気町方面に向つて疾走してきた被告喜多の運転する普通貨物自動車(石四そ八〇七六号)に衝突され、その結果原告所有の右軽三輪車は前部を大破し、原告は頭部打撲傷、脳震盪、胸部打撲傷の傷害を負つた。
(二) 右事故現場は、津幡町と宇ノ気町を結ぶ県道路上で右県道と農道との交差点附近は民家が建ち並び、農道から県道に出る右角には高さ一・七米のコンクリート・ブロツク塀があるため左右の見透し困難であるうえ、県道の左右には幾条にも農道が分岐しているので、このような場所で自動車を運転するものとしては農道から進行してくる自動車がいつ進路前方に現われても直ちに停車してこれとの術突を避け安全にすれ違うことのできるよう充分に減速して運転すべき注意義務かある。しかるに被告喜多はこれを怠り無謀にも時速約五〇粁の速度で県道を疾走して右交差点を通過しようとしたため、ときあたかも右農道から交差点に進入してきた原告の軽三輪車の前面に前記貨物自動車の左横中央部を衝突させるにいたつたのであつて、本件事故は明らかに被告喜多の右注意義務懈怠によるものである。
(三) 被告新藤は前記貨物自動車を所有し牛乳販売業を営むものであり、被告喜多は運転手として被告新藤に雇われ右貨物自動車の運転に従事していたものであるが、本件事故は被告新藤の被用者たる被告喜多が右業務に従事中にその過失によつて惹起したものであるから、被告喜多は不法行為者本人として、また被告新藤はその使用者として民法第七一五条により、連帯して原告が右事故によつて被つた損害を賠償すべき義務がある。
(四) 原告の被つた損害をあげるとつのぎとおりである。
原告は前記負傷のため事故発生後直ちに河北郡津幡町字津幡ロ一〇一番地河北中央病院に収容され、昭和四〇年五月二八日から同年六月一一日まで入院し、同病院を退院してからも同年六月一七日まで通院して治療をうけたが、頭痛感が去らないため同月一九日国立金沢病院において精密検査をうけたものであるところ、
(1) 河北中央病院に対する入院治療費として金二四、三四七円、同病院の通院治療費として金二五、二三五円、右病院入院中の看護人附添費として金一五、〇〇〇円、国立金沢病院の診療費として金四、五七九円を支出し、同額の損害を被つた。
(2) 事故当時はちようど田植え時期であつたが、原告は事故のため同年五月二八日から同年六月三〇日まで三四日間休業せざるを得ず、その間の得べかりし利益金六八、〇〇〇円を失つた(ちなみに農業労務者一日の稼働賃金は金二、〇〇〇円である。)
(3) 前記負傷により原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては金五〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
(4) 原告の軽三輪車の破損によつて金四七、五〇〇円の損害を被つた。
以上合計すると、原告が被つた損害額は金二三四、六六一円となる、
(五) 反訴請求原因中、原告に過失があるとの点は否認する。
前記貨物自動車が被告新藤の牛乳を積んでいたかどうか、また同被告が損害を被つたかどうかは知らない。
三、被告両名の請求原因に対する答弁
原告主張の日時、場所において原告所有の軽三輪車と被告新藤所有の貨物自動車とが衝突事故を起したことは認めるが、本件事故はもつぱら原告の過失によるものである。
四、被告新藤の反訴請求原因
(一) 被告新藤は普通貨物自動車(石四そ八〇七六号)を所有し、牛乳販売業を営むものであるが、被用者喜多忠治が昭和四〇年五月二八日午前六時頃牛乳を積んだ右貨物自動車を運転し津幡町方面から宇ノ気町方面に向けて進行中宇ノ気町字狩鹿野ニノ二八番地先県道にさしかかつた際、農道より右県道に出ようとした原告の運転する軽三輪車(石三い三八四一号)に右貨物自動車の左横中央部を突き当てられた。この事故はまつたく原告の過失によるものである。すなわち、幅員のせまい農道から幅員の広い県道に田て右折ないし横断すようとするときは、徐行ないし一旦停車して左右の安全を確認した上で通行しなければならない注意義務があるのに、原告は右注意義務を怠つて漫然と農道から県道に出てきた過失によつて県道上を直進していた右貨物自動車に突き当つたものである。
(二) 右事故により被告新藤はつぎのような損害を被つた。
(1) 自動車修理代として金八一、一五〇円
(2) 牛乳代として金七、五〇〇円
(3) 牛乳瓶破損代金七〇〇円
(4) 代車使用代として金三、〇〇〇円
以上合計金九二、三五〇円の損害を被つたが、被告は不法行為者としてその損害を賠償すべき義務がある。
五、証拠関係〔略〕
理由
一、昭和四〇年五月二八日午前六時頃河北郡宇ノ気町字狩鹿野ニノ二八番地先、同郡津幡と右宇ノ気町に通ずる県道と右狩鹿野部落内の農道(正確にいえば後述のとおり町道)とが交差する交差点で、津幡町方面から宇ノ気町方面に向つて右県道を直進してきた被告喜多の運転する普通貨物自動車(石四そ八〇七六号所有者被告新藤)と、右農道から県道に進出してきた原告の運転する軽三輪車とが衝突したことは当事者間に争がない。
ところで、当審現場検証の結果によれば、右事故の場所は、国道一五九号線と並行する南北に通ずる県道、津幡、宇ノ気線の狩鹿野部落のほぼ中心に位し、右県道と西側国道一五九号線を結ぶ町道(以下町道Aと略称する)とが接し且つ東側宇ノ気町森部落に通ずる町道(以下町道Bと略称する)とも接する十宇路の交差点であること、右県道は直線で幅員約六・六三ないし六・六五メートルの砂利敷きの道路であり、右町道Aは幅員約五メートル、右町道Bは幅員約四メートルでいずれも非舗装の道路であること、右交差点附近の県道の両側には民家が建ち並んでいるが該路上の見透しがよく利くこと、右県道を南(津幡町方面)から北(宇ノ気町方面)に向つて進行した場合西側の町道Aに対する見透しは曲り角にある民家のブロツク塀(高さ一・四メートル)、樹木のために右両道路の交差する地点に達しないと充分に利かないこと、逆に町道Aから県道南の方向に対する見透しも充分利かないこと、右交差点には信号の設置がないこと、被告喜多の運転する貨物自動車は県道を北に向けて直進し、原告の運転する軽三輪車は町道Aから県道に進出し右折して南に向おうとしたものであることなどの情況が認められる。以上の情況からすると、県道の幅員は町道Aの幅員にくらべ明らかに広いので、町道Aを通行していた原告の軽三輪車は本件交差点に入る場合には徐行しなければならず(道路交通法第三六条二項参照)、また県道から交差点に入ろうとする車両があるときにはその車両の進行を妨げてはならず(同法条三項参照)、さらに原告の軽三輪車が右交差点で右折しようとしたのであるから、原告の軽三輪車は交差点において直進する車両があればその車両の進行を妨げてはならない(同法第三七条第一項)のであつて、本件においては被告喜多の運転する貨物自動車としては町道A或いはBから進行してくる車両が徐行ないし一旦停車して県道を直進する同被告の車両の進行を妨げないものと信頼して通行するのが通常であり特段の事情のないかぎり原告主張のように右町道Aから進出してくる車両を予測しその行動に応じていつでも停車できるようとくに徐行するなどの注意義務があるとは認められない。原告本人尋問の結果並びに検証の結果によれば、被告喜多は時速約三〇粁で右貨物自動車を運転し右県道の左側部分のやや中央寄りを通行し、右交差点に入る直前前記ブロツク塀越しに樹木の隙間から原告の軽三輸車が交差点の手前まで進んできたのを一瞬認めたが、原告車の方で交差点に入る前に当然一旦停車するものと信頼してそのまま交差点を直進したことが認められ、これをあえて同被告の過失と断定するのは困難である。
むしろ、前記認定の交差点の清況及び被告喜多本人尋問の結果によれば、原告車の方で幅員の狭い町道Aから幅員の広い県道に進出して右折するのであるから、交差点に入る前に徐行ないし一旦停車して県道上左右の安全を確認し交差点を直進する車両の通行を妨げないようにして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、漫然と町道Aから交差点に進出したため自車の前部を被告喜多の運転する貨物自動車の左側中央部に突き当てたものと認めることができるのであつて、これによれば本件事故はもつぱら原告の過失に因るものといわざるを得ない。
原告は、町道Aから県道に出る前に一旦軽三輪車を停車し、左右の安全を確認した旨主張するが、原告本人尋問の結果中右主張に副う部分は検証の結果にてらしにわかに措信できない。すなわち、検証の結果によれば、原告が検証現場で原告車を一旦停車させたと指示する地点における運転席からは県道の左右約一〇〇メートルに及んで見透しが利くことが認められ、したがつて被告喜多の運転する貨物自動車の直進状況が現認できない筈はなく、しかも原告車の前部と右貨物自動車の左側中央部とが衝突している事跡を合わせ考えると、原告が一旦停車して左右の安全を確認したとはとうてい認められない。他に以上の認定をくつがえすに足る資料はない。
二、以上のとおり被告喜多に運転上の過失が認められないので、同被告は本件事故について不法行為者としての責任はなく、また同被告の過失を前提として民法第七一五条に基づき被告新藤の使用者責任を追求する原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当で、棄却すべきものとする。
三、前記のとおり本件事故はもつぱら原告の過失に因るものであるところ、〔証拠略〕によれば、被告新藤は本件事故によりその所有する貨物自動車を破損され
(一) その自動車修理代として金八一、一五〇円
(二) 代車使用代として金三、〇〇〇円
の各支払を余儀なくされ、同額の損害を被つたことが認められる。
被告新藤は右のほか牛乳代として金七、五〇〇円、牛乳瓶破損代として金七〇〇円の損害を被つたと主張するが、損害を被つた牛乳及び牛乳瓶の数量並びに損害額を確定するに足る資料がない。
そうすれば、原告は被告新藤に対し、右損害額の合計金八四、一五〇円を賠償すべき義務があり、同被告の原告に対する反訴請求は右金員及びこれに対する反訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年九月一六日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきものとする。
四、そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、反訴の仮執行の宣言についてはその必要がないと認めるのでその申立を却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 至勢忠一)